東京地方裁判所 昭和34年(ワ)9767号 判決 1963年3月23日
原告 鴨下博
被告 東京信用金庫
主文
被告は原告に対し金一、四四八、二五〇円及びこれに対する昭和三四年一二月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告が金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
一、訴外青木与三郎は、昭和三〇年九月二七日、被告要町支店との間に手形貸付、証書貸付、商業手形割引契約を締結し、その担保として、同訴外人所有の東京都豊島区長崎一丁目二七番地木造瓦葺二階建店舗共同住宅一棟建坪四八坪一合五勺二階三三坪五合につき極度額八五万円遅延損害金日歩六銭の根抵当権を設定し、同時に若し右極度額八五万円の債務の弁済を怠るときは代物弁済として本件建物の所有権を移転する旨の代物弁済の予約をなし、昭和三二年一一月一二日、根抵当権設定登記及び停止条件付代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全仮登記をなした。ついで、同年一二月六日右根抵当権の極度額を二五〇万円に増額し、同月一〇日その旨の登記を了した。
二、訴外池袋信用組合は、昭和三三年四月二二日、青木に金一〇〇万円を弁済期昭和三四年四月二二日利息日歩三銭五厘毎月末日払遅延損害金日歩八銭二厘の定で貸与し、その担保として、本件建物につき次順位の抵当権を設定し、昭和三三年四月二三日その旨の登記を了した。
原告は、昭和三三年一二月一五日、青木に金一三〇万円を弁済期昭和三四年四月一〇日の定で貸与し、担保の目的で、若し右債務を弁済しないときは本件建物を抵当権の負担付きのまま金一三〇万円を以て買取る旨の売買予約をなし、昭和三三年一二月一五日、売買予約に基く所有権移転請求権保全仮登記を了した。
三、(一) 昭和三四年五月四日、青木は、手形交換所から不渡処分を受けたので、同訴外人と被告との間の前記契約に基く債務の弁済期が到来し、右債務は極度額一杯の金二五〇万円とこれに対する利息金八万円であつて、これを弁済しないときは、代物弁済予約完結権を行使されることによつて、同訴外人は本件建物の所有権を喪失する状態になつた。
(二) ところで、被告の前記停止条件付代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全仮登記は、訴外池袋信用組合の前記抵当権設定登記並びに原告の前記売買予約に基く所有権移転請求権保全登記よりも先順位に登記されている関係上、若し、青木が前記債務の弁済を怠たり、被告が代物弁済予約完結権を行使すると訴外組合の抵当権も原告の売買予約上の権利も共に失効することになるのであるから、訴外組合及び原告は共に青木の被告に対する右債務の弁済につき正当の利益を有する者である。
(三) 原告は、訴外組合の代理人後藤喜丸、公証人保持道信と共に昭和三四年五月二二日午後三時頃、被告要町支店に赴き、支店長降旗多門に面会し、原告及び訴外組合は、前記の理由により、青木の債務の弁済につき正当の利益を有し、法定代位弁済をなし得る旨を告げ、訴外組合は現金一三〇万円を、原告は現金五〇万円と原告が同支店に対して有する普通預金債権八〇万円を以て弁済する旨申入れ、合計金二六〇万円を現実に提供したところ、同支店長は、何らの理由を示すことなく受領を拒絶した。なお、提供当時青木の債務は、利息金八万円が同訴外人の預金債権と相殺されていたため、金二五〇万円となつていたから、原告らの提供額は金一〇万円余分であつた。
(四) そこで、原告及び訴外組合は、同月二五日(月曜日)、金二六〇万円を弁済供託し、ついで、原告は、同年六月九日、青木に対し前記売買予約の完結権を行使し、同月一五日、所有権取得の本登記を了した。
四、ところが、被告要町支店長は、原告及び訴外組合の前記代位弁済の受領を拒絶した上、第三者に被告の青木に対する債権をその担保のための根抵当権及び代物弁済予約上の権利と共に譲渡し、右第三者をして代物弁済予約完結権を行使せしめて、本件建物の所有権を取得せしめ、そのことによつて原告の青木に対する債権確保のために本件建物につき有する売買予約上の権利並びに訴外組合の抵当権を覆滅せしめる意図を以て、若しくは、少くも十分に右結果を認識し得る事情の下にありながら、前記弁済の受領を拒絶した翌日である昭和三四年五月二三日(土曜日)何ら利害関係のない第三者である訴外佐藤光男に被告の青木に対する前記債権二五〇万円を根抵当権及び代物弁済予約上の権利と共に譲渡し、同日、その旨の登記を了し、しかも、青木をして被告に対し確定日付のある書面を以て右債権譲渡を異議を留めずして承諾せしめた。
しかして、被告に肩替りした佐藤は、同月三〇日、代物弁済予約完結権を行使して、本件建物の所有権を取得し、同年六月一七日所有権取得の本登記を了した。そのため原告の売買予約完結権行使によつて取得した所有権はその効力を失うに至つた。
このような結果は、被告要町支店長が前記の意図を以て、若しくは少くも過失によつてなした代位弁済受領拒絶及び被告の青木に対する債権を根抵当権、代物弁済予約上の権利と共に佐藤に譲渡し、同訴外人をして代物弁済予約完結権を行使せしめた不法行為の結果であつて、右不法行為によつて原告は青木に対する債権の弁済を確保するため本件建物につき売買予約完結権を行使してその所有権を取得すべき利益を侵害されたものである。従つて、被告は、原告に対し不法行為上の責任として原告の右利益喪失によつて蒙つた損害を賠償する義務がある。
五、そこで損害額であるが、原告は、被告要町支店長の前記不法行為なかりせば本件建物の所有権を取得したるものなるところ、本件建物の時価は金五五〇万円を下らないから、前記代位弁済に基く青木に対する求償権債権二五〇万円と訴外組合の抵当権付債権一〇〇万円並びに各その利息債権を控除しても優に一五〇万円の価値を有するものである。従つて、被告は、原告に対し原告の得べかりし利益の損害として金一五〇万円の賠償義務があるが、元来、原告が本件建物の所有権を取得し得るのは貸金債権一三〇万円の代償としてであるから、この点を考慮して右金一三〇万円及び原告の所有権取得の本登記に要した登記費用金一四八、二五〇円合計金一、四四八、二五〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日以降完済に至るまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ、と述べ、被告の抗弁に対し、
被告抗弁の一及び二は争う、同三の(一)につき弁済の受領を拒絶された翌二三日(土曜日)供託局に出頭して供託手続をしようとしたが、供託局の都合で供託できず、結局二五日(月曜日)に供託したもので原告には過失はない。同三の(二)のうち原告が六月一五日訴外佐藤に債権並びに根抵当権及び代物弁済による所有権移転請求権の譲渡のあつた事実を知つたことは認めるが、原告に過失があつたとの点は争う、と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、
原告主張の請求原因一の事実は認める。同二のうち原告主張の如き各登記のなされている事実は認めるが、その余の事実は否認する。同三の(一)のうち青木が手形交換所から不渡処分を受けた事実は不知、契約に基く債務の弁済期が到来した事実は否認する。被告の青木に対する債権の利息の額は否認する、同三の(二)のうち原告が売買予約上の権利者として青木の被告に対する債務の弁済につき正当の利益の有する者であるとの点を否認し、その余の事実は認める。同三の(三)のうち原告主張の如き弁済提供のあつた事実は認めるが、受領を拒絶した事実は否認する、被告の訴外青木に対する債権の計算関係は否認する。同三の(四)のうち原告主張の如き供託及び所有権取得登記のなされた事実は認めるが、その余の事実は不知。同四のうち原告主張の如き債権及び根抵当権代物弁済予約上の権利の譲渡並びに登記を了した事実は認めるが、訴外佐藤の関係事実は不知、その余の事実は否認する。同五のうち本件建物の時価を否認すると述べ、抗弁として、
一、仮に、原告主張の如く被告要町支店長が原告主張の代位弁済の受領を拒絶し、それによつて被告に受領遅滞が生じたとしても債権者である被告が受領を拒絶することは勿論受領遅滞中債権を譲渡することも適法であつて不法行為を構成するいわれはない。
二、債権の譲渡とは債権をその内容の同一性を失わしめることなく移転することであるから、仮に、原告主張の如く被告に受領遅滞があつたとするならば、譲受人である訴外佐藤もまた受領遅滞にあつたことになる。そうすると青木に債務不履行の責任を問うことはできず、訴外佐藤のなした代物弁済予約完結権行使は無効であり、本件建物の所有権は未だ佐藤に移転していないから、原告主張の如き利益の侵害は生じ得ない。仮に、青木が債権譲渡につき異議を留めない承諾をしたことにより青木は佐藤に対しその受領遅滞を対抗することができなくなり、そのため佐藤の代物弁済予約完結権の行使が有効となり、本件建物の所有権が同訴外人に移転し、その移転登記が有効のものとなり、これによつて、原告主張の如き利益の侵害が生じたとしても、それは、青木のなした異議を留めない承諾の結果であつて、原告のなした債権譲渡の結果ではないから、両者の間に相当因果関係はない。
三、仮に、被告要町支店長が原告主張の如き不法行為を犯したとしても、(一)原告は、昭和三四年五月二二日弁済の受領を拒絶され、直ちに同日若しくは翌二四日弁済供託をなすことができたのに拘らずこれを怠り、同月二五日に漸く供託したことにつき過失がある。(二)被告より佐藤に対する根抵当権及び代物弁済による所有権移転請求権の譲渡による移転附記登記は昭和三四年五月二三日になされているのであるから、原告は、右譲渡の事実を知り得る状態にあつた。しかして原告は、同年六月一五日本件建物につき所有権取得の本登記をしているのであるから、遅くとも同日右譲渡の事実を知つた筈である。一方、訴外佐藤が本件建物につき代物弁済予約完結権を行使して所有権を取得し、その旨の本登記を了したのは同月一七日であるから、原告は、佐藤が対抗要件を備えるまでに同訴外人に対して代位弁済をして原告の主張する利益を擁護することができたといわねばならない。しかるに、原告は漫然日時を徒過してこれを怠つたのであるからこの点につき重大な過失がある、と述べた。<立証省略>
理由
訴外青木与三郎は、昭和三〇年九月二七日、被告要町支店との間に手形貸付、証書貸付、商業手形割引契約を締結し、その担保として、同訴外人所有の東京都豊島区長崎一丁目二七番地木造瓦葺二階建店舗共同住宅一棟建坪四八坪一合五勺二階三三坪五合につき極度額八五万円(昭和三二年一二月六日二五〇万円に増額し、同月一〇日その旨登記)遅延損害金日歩六銭の根抵当権を設定し、若し、極度額の債務の弁済を怠るときは代物弁済として本件建物の所有権を移転する旨の代物弁済の予約をなし、昭和三二年一一月一二日、根抵当権設定登記及び代物弁済に基く所有権移転請求権保全仮登記をなしたことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第六号証及び原告本人尋問の結果によれば、訴外池袋信用組合は、昭和三三年四月二二日、青木に金一〇〇万を弁済期昭和三四年四月二二日の定で貸与し、その担保として、本件建物につき次順位の抵当権を設定し、昭和三三年四月二三日その旨の登記を了し(登記の存することは当事者間に争いがない)たこと、並びに原告は昭和三三年一二月一五日青木に金一三〇万円を弁済期昭和三四年四月一〇日の定で貸与し、担保の目的で、若し右債務を弁済しないときは本件建物を抵当権の負担付きのまま金一三〇万円を以て買取る旨の売買契約をなし、昭和三三年一二月一五日売買予約に基く所有権移転請求権保全仮登記をしたことを認めることができ、これに反する証拠はない。
青木は、昭和三四年五月四日、手形交換所から不渡処分を受けたことは当事者間に争いがない。
証人青木与三郎の証言によれば青木と被告要町支店との間の前記手形貸付等取引契約には、青木が不渡処分を受けたときは、右契約に基く債務につき、直ちに期限の利益を失い、本件建物につき代物弁済予約完結権を行使されても異議がない旨の約定があつたこと並びに青木の右契約に基く債務は、不渡処分当時、元金二五〇万円と利息八万円であつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。
原告本人尋問の結果によれば、不渡処分当時、青木の負債は、一千六、七百万円に達し、その営業である乾物商は、そのままでは継続できず、原告としては、本件建物につき、前記売買予約上の権利を行使して、その所有権を取得する以外は前記貸金一三〇万円の弁済を確保する方法はない状態であつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。
以上争いのない事実及び認定の事実によれば、被告の停止条件付代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全仮登記は、訴外池袋信用組合の抵当権設定登記並びに原告の売買予約に基く所有権移転請求権保全仮登記よりも先順位に登記されている関係上、若し、被告が代物弁済予約完結権を行使すると訴外組合の抵当権も原告の売買予約上の権利も共に覆滅されるに至るものであること、並びに訴外組合及び原告は、共に青木の被告に対する債務の弁済をなすにつき正当の利益を有する者であること明らかである。
原告は、訴外組合の代理人後藤喜丸、公証人保持道信と共に昭和三四年五月二二日午後三時頃被告要町支店に赴き、支店長降旗多門に訴外組合は現金一三〇万円を、原告は現金五〇万円と原告が同支店に対して有する普通預金債権八〇万円合計金二六〇万円を青木の被告に対する債務の弁済として現実の提供をなしたことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一号証及び証人保持道信の証言によれば、原告及び訴外組合が前記弁済の提供をなすに当り、公証人保持道信は、支店長降旗多門に対し原告及び訴外組合のために、原告及び訴外組合は、右債務の弁済につき正当の利益を有する者である旨を告げたが、同支店長は、何らの理由も言わずに受領を拒絶したことを認めることができ、これに反する証人降旗多門の証言は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。
被告要町支店長は、右弁済受領拒絶の翌日である昭和三四年五月二三日、被告の青木に対する本件債権二五〇万円と共に根抵当権及び代物弁済予約上の権利を右債権の弁済につき何らの法律上の利害関係のない訴外佐藤光男に譲渡し、即日根抵当権及び代物弁済契約に基く所有権移転請求権譲渡の登記を了したことは当事者間に争いがなく、証人青木与三郎の証言により真正に成立したものと認め得る乙第一号証と証人青木与三郎の証言によれば、同支店長は、右債権等の譲渡に当り、青木をして被告に対し確定日付のある書面を以て右債権等譲渡を異議を留めずして承認せしめたことを認めることができ、これに反する証拠はない。
成立に争いのない甲第六号証及び証人青木与三郎の証言によれば、佐藤は、昭和三四年五月三〇日、青木に対し右譲受債権の弁済に代えて、本件建物の所有権を取得すべき旨の代物弁済予約完結権行使の意思表示をなしたが、右意思表示に対し青木は何らの異議を唱えず、その頃佐藤に所有権移転登記に必要な権利証、印鑑証明等を交付し、同年六月一七日、所有権移転登記がなされたことを認めることができ、これに反する証拠はない。被告は、佐藤の譲受債権につき、譲渡人たる被告に受領遅滞があつたとすれば、佐藤もまた受領遅滞にあつたのであるから、右代物弁済予約完結権行使の意思表示は、青木に債務不履行の責任を問えないのになされたもので、無効である(被告抗弁二、前段)と主張するけれども、青木は、右意思表示のなされたとき、これに異議を唱えず登記に必要な書類等を佐藤に交付したことによつて佐藤に対する受領遅滞の抗弁権を放棄したものと解すべきであるから、右意思表示は有効であり、これによつて、佐藤は本件建物の所有権を取得したものというべく、被告の右抗弁は理由がない。
そこで、被告要町支店長降旗多門の佐藤に対する右債権等の譲渡行為に原告の利益を害する故意があつたか否かを考えるに、証人青木与三郎の証言により真正に成立したものと認め得る甲第五号証の証人青木与三郎の証言、原告本人尋問の結果並びに措信しない部分を除く証人降旗多門の証言を綜合すると次の事実を認めることができる。
佐藤と青木は、青木の妹が佐藤の弟の妻である関係で親交があり、両名間には、佐藤が右債権等を被告から譲受けても、佐藤としては、青木に引続いて本件建物で乾物商を営むようにしてやるとの約束があつたので、青木は、不渡処分を受けて以後、降旗に対し右事情を訴えて、右債権等を佐藤に譲渡されたい旨しばしば交渉していた。
一方、原告は、昭和三四年三月末頃、青木からその負債は一千五六百万円にのぼり、乾物商営業の継続の困難であることを聞き、青木に対し、再建案として、原告の債権確保のために本件建物の所有権は原告が取得するが、先順位抵当権は原告において弁済し、乾物商経営のため新らたに会社を設立し原告がその社長となり、青木をして引続いて本件建物に居住させて乾物商経営の任に当らせるとの案を示し、先順位抵当権債権者である被告及び訴外池袋信用金庫に右計画を話して交渉をしていたところ、同年五月四日青木が不渡処分を受け、被告との取引が停止されるに及び、被告理事長大堀庫次及び降旗に対し、更に前記計画を述べて、一先ず右債権等を原告において譲受けたい旨の希望を訴えて熱心に交渉をしていた。このような事情があつたので、降旗は、右債権等を原告或いは佐藤の何れに譲渡するのが青木の利益に合するかは十分考えることができ、この際、佐藤に譲渡すれば、青木は、そのまま乾物商を営むことができるから、その方が原告に譲渡するよりも青木にとつて利益であると考え、これを佐藤に譲渡したものである。
このように認めることができ、証人降旗多門の証言中右認定に反する部分は措信できず、他にこれに反する証拠はない。
右認定事実に基けば、降旗は、右債権等を佐藤に譲渡することによつて、佐藤が代物弁済予約完結権を行使して、本件建物の所有権を取得して、その旨の登記をなし、そのことによつて、原告が本件建物につき、売買予約上の権利を喪失するに至るであろうことを認識し、そのような結果が生じても止むを得ないとの考えの下に右債権等を佐藤に譲渡したものであると推認するに難くないから、降旗は、原告の利益を害する故意を以て右債権等を譲渡したものというべきである。
ところで、原告の青木に対する債権確保の目的の本件建物についての売買予約上の権利は法律上保護に値する利益であると解すべきところ、被告は降旗のなした右債権等の譲渡は適法行為であるから不法行為を構成しない(被告抗弁一)と主張するけれども、一応法律の許容する行為であつても、それによつて損害される利益が大きく、適法行為の名の下に利益侵害を目的として権利の行使がなされるときは、それは、権利行使の範囲を逸脱するものとして不法行為を構成するものであつて、降旗の行為は正に右の場合に該当する不法行為であると解すべきであるから被告の右抗弁は理由がない。被告は、更に、降旗の行為と原告の利益侵害との間には、青木の行為が介入していることによつて、因果関係がない(被告抗弁二後段)と主張するけれども、以上認定の事実においては両者の間に因果関係を認めるに十分であるから、被告の右抗弁も理由がない。
してみると、被告は、被告要町支店長降旗多門の右不法行為により原告が本件建物の売買予約上の権利を喪失したことについての損害を賠償する義務があること明らかである。
進んで、損害額について考えるに、
右不法行為により通常生じ得べき損害は、原告が本件建物の売買予約上の権利を喪失したときすなわち佐藤が本件建物につき所有権移転登記を了した昭和三四年六月一七日における本件建物の価格から、本件建物の負担する先順位の抵当権債権額を控除したものと考えるべきである。しかして、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認め得る甲第二号証と原告本人尋問の結果によれば、当時、原告は本件建物の敷地所有者である並木宣二との間に、原告が本件建物の所有者となつた場合は、敷地につき賃借権を設定する旨の契約をしていたことを認め得るから、本件建物の価格は、敷地につき賃借権のある場合の価格となすべきところ、鑑定人雑賀武四郎の鑑定の結果と証人青木与三郎の証言によれば、右価格は金七〇〇万円以上であることを認めることができ、これに反する甲第四号証、乙第二号証及び証人降旗多門の証言は採用できない。したがつて、先順位の抵当権債権である被告の債権二五〇万円と訴外池袋信用組合の債権一〇〇万円ならびにこれら債権に対する利息合計額を金二五万とみて、(利息合計額が右額以上でないことは前記認定の事実から明らかである)これを右金七〇〇万円から控除すれば金三二五万円であるから右損害は、原告が主張する消極的損害額金一五〇万円以上であること明白である。
原告は、積極的損害として、本件建物につき、原告のためになした所有権移転登記に要した費用として金一四八、二五〇円を主張しているところ原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認め得る甲第三号証と原告本人尋問の結果によれば、原告が右登記をなしたのは、原告は、被告が昭和三四年五月二三日、佐藤に前記債権等を譲渡したことを知らずに、同月二五日、原告同様右事実を知らない訴外池袋信用組合と共に金二六〇万円を弁済供託し、これによつて被告の右債権は消滅したものと思つていたことによるものであること、並びに原告は、右登記手続の費用として金一四八、二五〇円を支出したことを認めることができ、これに反する証拠はない。しかして、被告は、被告が右債権等を佐藤に譲渡するときは、原告が右登記をなし、その費用につき損害を蒙ることを当然予見することができたものであることは、既に認定した事実から容易に認め得るところである。したがつて、右費用は、特別事情による損害と考えられるけれども、被告の負担となるべき損害と解するを相当とする。
そこで、被告の過失相殺の抗弁について考えるに、
(一) 原告本人尋問の結果によると、原告は、被告から受領拒絶を受けた昭和三四年五月二二日の翌二三日(土曜日)午前一〇時半頃所轄供託局に所定の弁済供託手続をとつたが、同局の都合で手続が終了せず、結局、供託は、五月二五日(月曜日)行われたことを認めることができ、これに反する証拠はないから、供託が被告の前記債権等の譲渡の日(五月二三日)に遅れたことについては原告に過失の責むべきものはない。
(二) 被告より佐藤に対する前記根抵当権及び代物弁済に基く所有権移転請求の譲渡につき登記がなされたのは昭和三四年五月二三日であること並びに原告は、右事実を同年六月一五日知つたことは原告の認めるところであるけれども、右譲渡の登記がなされていることのみでは、原告がこれを知らなかつたからといつてその過失を責めることはできない。また、六月一五日原告が右事実を知つたからといつて、佐藤が本件建物につき所有権移転登記をしたのは同月一七日であるから、僅々数日のうちに原告が佐藤に対して弁済の提供ないしは弁済供託をしなかつたことを以て過失ありとはいい難く、仮に、過失があるとしても、これを以て損害額を定めるにつき斟酌すべく過失とはいえない。したがつて、被告の過失相殺の抗弁は採用しない。
以上の通りであるから、被告は、原告に対し本件不法行為によつて原告の蒙つた消極的損害のうち金一三〇万円及び積極的損害金一四八、二五〇円合計金一、四四八、二五〇円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三四年一二月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求める原告の請求に応ずべき義務があること明白である。
よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 西山要)